今回のテーマであるが
である。
またしてもSEOのマインドのあり方についての記事である。
いい加減マンネリだと思われるかもしれないが、一つの問いに答えておきたいのだ。
長い間でもないがこのようなSEOのブログをやっていると、たまにこんなコメントをもらう時がある。
「Googleの奴隷になってどうする」
という意見だ。
私のブログをある程度読んでいれば、まったくこれは誤解だとわかっていただけると思うのだが、この点についてわかりやすく改めて書いてみたいと思う次第だ。
私が言いたいのは、こういうことである。
Googleに従うことは、Googleの奴隷になるということではない。
もし、GoogleのアルゴリズムがGoogleだけの利益になるものであるならば、Googleに従うことは奴隷になるということであろう。
しかし、
全てのインターネットユーザーにとって望ましいもの
なのだ。
Googleのウェブマスター向けガイドラインから引用してみよう。
デザインとコンテンツに関するガイドライン
- わかりやすい階層とテキスト リンクを持つサイト構造にします。各ページには、少なくとも 1 つの静的なテキスト リンクからアクセスできるようにします。
- サイトの主要なページへのリンクを記載したサイトマップを用意します。サイトマップ内にリンクが非常に多数ある場合は、サイトマップを複数のページに分けることをおすすめします。
- 1 ページのリンクを妥当な数に抑えます。
- 情報が豊富で便利なサイトを作成し、コンテンツをわかりやすく正確に記述します。
全てユーザーのニーズにかなうことである。
Googleというものがなかったとしても、このようにサイトを作るべきであるという原則は全く変わらない。
こちらの「Google秘録」という書籍を以前読んだのだが、これを読むとGoogleの本質が実によく分かると思う。
一度この本のことは当ブログで紹介したことがあるが、もう一度紹介してみたい。
Google関係者だけではなく、Googleを危険視する立場の人物からも徹底したインタビューを実施した力作だ。
凡百のSEOの技術書より、Googleの本質を理解するために良い本なので是非一読をお勧めしたい。
これを読み、ウェブマスター向けガイドラインを読むと、
Google検索の根本的な思想は始まりから現在に至るまで、まったくぶれていない。
実に明確であることがよくわかる。
Googleは最初から現在のように儲かっていたわけではない。
検索精度を追求していたが、利益を出すことは考えていなかったのである。
どうやって検索エンジンから利益を生み出すかというビジネスモデルが全く見えない中で、Googleはひたすらユーザーに対する検索ニーズにこたえる精度を高め続けていった。
Googleは利益が先ではなく、悪い言い方をすれば技術オタク的にひたすらに精度ありきなのだ。
現在Googleは巨大な利益を生み出す企業に変貌したが、精度ありきは変わっていない。
そうして、未来においても変わらないだろう。
だから、SEOはこう考えるべきなのだ。
Googleの過去と現在と未来、そしてSEOについてまとめてみたのが下の図だ。
※Illustratorとかそんなものを使えればいいのだが、MS-Wordしか使えないので美しくない図しか書けないのが残念。
Googleのアルゴリズムの目的地は決まっている。
それは未来の先にある究極の地点である。
それはガイドラインに書いてある通り。
言い換えれば、
「Googleは公開されている」
公開されているポイントに向かってSEOをしていけばよいのである。
その逆がスパムSEO。
現在のアルゴリズムだったら、こうすれば上位表示しやすいというところを狙っていく行為。
理想となるGoogleと現在のGoogleのギャップをつく技だ。
言い換えればゲームプログラムで言うところの「バグ技」である。
バグをつけば確かにゲームを進めるのはだいぶ楽だろう。
しかし、このゲームは常にオンラインで修正されている。
昨日まで通用したバグ技が今日通用するという保証は全くない。
常にバグは修正される運命にあるからだ。
新たに一生懸命にバグを見つけ出して、さらにバグ技を修得し続けなければならない。
こんな自転車操業みたいなことは非生産的だ。
そんなことをする暇があったら、Googleの目的地は決まっているので、そこに向かって最初からSEOすればいいのである。
コメント
[…] そのような意見に対する反論が、SEOとその周辺の正しいSEOの戦略で公開されています。 公開されているポイントに向かってSEOをしていけばよいのである。 […]
[…] 正しいSEOの戦略 https://minnano-seo.com/essence/post1838/ Google検索の根本的な思想は始まりから現在に至るまで、 まったくぶれていない。実に明確であることがよくわかる。 […]