SEOの観点から危険性のあるサービスの見分け方


私はSEO的な観点からダメになってしまうサービスを予言するのが結構得意である。
(残念ながらうまくいくサービスを予言するのは外れることが多いのが残念である)

うまくいくサービスを見抜くのは非常に難しい。
しかし、将来的にダメになるサービス、特に検索エンジンからの集客が大きなウエイトを占めているサービスについては結構当たる自信がある。

その見抜き方について今まで誰にも語ったことはないのだが非常に簡単だ。
秘密にしていたのではなく単に語る機会がなかっただけなので書いてみようと思う。

それは、

検索エンジンから嫌われるようなことをしているか否か

私が理解しているのは、細かな原則というよりももっと大くくりである。
大くくりの考え方を理解しておけば、SEOを非常に容易くとらえることができるようになるだろう。
その意味で今回の記事は役立つかもしれない。

大くくりの考え方としてよく言われることは、

有用なページを作ればよい

と言われる。
しかし、これだけではまだ全然Googleの本質を捉えているとはいえない。
Googleの考える有用なページと、世の中の一人ひとりが考える有用なページには当然のことながら差異がある。

Googleが考える有用なページとは何ぞや?

なのである。
以前も書いたことがあるのだが、優秀なSEO担当者はシステムエンジニア出身といった人は少なくて、営業担当者といった対人スキルが求められる職業の人が多い印象がある。
これが正しいのであれば、一つ有力な仮説が導かれると私は考えている。

営業担当者といった職業についている人は、相手の思考を先回りして先手を打って対応することが求められる。

こんなことを言ったら、彼はこんなことを思うだろうなとか、
こんな時だったら、彼女はこんなことを言いそうだな、

といったことを予測したり、想定したりすることがスキルとして必須だ。
SEOはこれに似ている。

Googleを人格として理解すると非常に腑に落ちるというか、とても納得が行くと私は常々感じている。
Googleとはこんな人というイメージを完全に伝えることができれば、少なくとも私がたどり着いたレベルまでは誰でも来れるはずだ。

イメージを言葉にして伝えるのは難しいが、そこを頑張って言葉にしてみたい。

一言で表現するならば、精神の貴族という言葉がふさわしいように思う。
ノブレス・オブリージュという言葉がある。高貴な人は地位に応じた高い義務を負うという意味だ。

Googleは私利私欲で動いていると解釈すると、SEOは理解できないだろう。
私利私欲から離れた責任感がある高貴な人物と考えると非常に分かりやすい。
ではもっと具体的に掘り下げてみよう。

第一にGoogleは公平である。
誰に対しても基本的にはえこひいきをしない。
基本的にという留保がつくのは、余りにも反社会的であるといった場合はごくたまに罰を下すことがある。といったケースだ。

第二にGoogleは無私である。
自らが権力であることを自覚しているが、その権力を自分のために使うことは絶対にない。

第三にGoogleは自らを騙そうとするものを嫌う。
公平ではあるのだが、自らを騙して便宜を図らせようとするようなものに対しては、毅然として罰を与えるべきといつも考えている。
しかしこのような罰を与えるのは、自らの力が強大であることを知っているゆえに、慎重であるべきでルールに従って厳格に運用されねばならないと常に自重している。

第四にGoogleは人間の労苦を出来る限り尊重しようとする。
人間が苦労して作り出した一次情報を尊重する。
コピーしたり、ちょっと加工したり寄せ集めただけの二次情報なんかにはさしたる価値はないと思っている。

こんな人柄である。
そこからどんな結論が帰結されるか。


第四が人々の解釈と大きく違うところだろう。
情報を加工したり、寄せ集めて見やすくしたりするだけではGoogleは評価しない。
この種のサービスはあるが、いずれは評価されなくなるはずである。

まとめるのではなく創造しなければならない。
現時点においてはまとめただけのページでも上がっているものも多数ある。
しかし、いずれはただまとめただけのページなのか?創造されたページなのか?を見極める厳格なルールを自分で見出してそれに従うはずだ。
ルールがなければ、恣意的に扱ったりしない。
一律に全員に適用でき、罰することが可能になるルールを見出した時に初めて実施する。

今は良くても、そのうち駄目になるまとめが多数発生するだろう。

もう一度書くのだ。

このような罰を与えるのは、自らの力が強大であることを知っているゆえに、慎重であるべきでルールに従って厳格に運用されねばならないと常に自重している。

ここが重要であると思うのだ。
ルールを自らに課して厳格に運用する。
つまり目についたからといって場当たり的に罰したりすることは基本的にはやらない。
何か新たな不正が発生した場合などには、それを手あたり次第に罰していくのではなく、その種の不正をルールとして定めて統一的に扱えるようにして初めて罰を下す。

こう考えると今はわかった上で泳がされていると思えるサービスもいっぱいあると解釈される。

今の状況はGoogleにとって是なのか?単に泳がされているだけなのかの判断は比較的容易なのではないか?と思うのである。


ちなみにブログのネタ募集中である。最近は特にネタ切れでしんどいのである。
もし、こんなことについて見解を教えて欲しいといったことがあれば、是非問い合わせフォームやtwitter、Google+などでお伝えくださいませ。

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2014/12/15 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:essence

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